でも今朝は良い目覚め. あれ, 今何時だ?
妻が声をかけてきた.
11月30日午前4時. 3時間睡眠であった. まぁ気持良く目覚めたのも道理であるか.
問題は破水の内容であるが, 血が混じっていたとのこと. 確かDeborah に聞いたときは, 激しく水が出てこないなら, それほど慌てるこ とはないと言っていたが, さて血が混じっていたときはどうだったか.
実際に調べてみると, mucus plug と呼ばれる, 子宮口を塞いでいた組織が抜 け落ちた様である. いわゆる「おしるし」, "bloody show" の様である.
全然関係ないが, "bloody show" という単語だけを聞くと, 何やら西部劇の恐 い悪役の名前みたいである. 血も涙もない, 銃一丁で西部を渡り歩く一匹狼の用心棒, "Bloody Show." でもこれは, 日本で言えば, 血も涙もない, 刀一本で渡世を渡り歩く一匹狼の用心棒, 「おしるし」 である. 迫力無いこと此の上無い.
とりあえず妻が落ち着いているし, それほどひどい破水でもなく, 出血も mucus plug のものだけのようなので, 「緊急ではない」と判断して, 腰を高 くして流出を防ぐという応急処置をして寝ることにする. 悠長だけど, いいんだろう.
妻は横で「お腹空いた. これはきっと水がなくなって胃が空いた所為に違いな い.」等と言っている. まぁしかし, この人は何かにつけてお腹が空いたというので, 理由は当てにな らない. だいたい, 妊娠期間を通して食欲が減退したことがない. 悪阻にしても, 所謂「食べ悪阻」だったので, 胃が空いていると気分が悪くな ると言っては, 何かしら食べていた. 妊娠後期になると, 普通は子宮底が胃を圧迫して, 一回当りの食事量が減るも のらしいが, この人の場合は胃の方が子宮を圧迫しているのではないかと疑う ほど, 良く食べていた.
只今午前5時. 7時になれば, 産婆さんの事務所に電話が通じるので, 特に異変がなければそ れまで寝るだけである.
この国に来て, 妻の自宅出産という選択に従って, 色々なことを勉強してきた が, とにかく出産に関しては徹底してのんびり構えていていいらしい. よく, 「妊娠は病気ではない」と言う言葉を聞く. それは事実なのだが, どうも日本での出産事情を鑑みると, やはり妊婦を病人 扱いしているふしが見られる.
でも逆に, この国では徹底して「妊娠は病気ではない」を貫き通そうとしてい る. 大体普通の産院でも, 出産翌日には退院させられるのである. しかも歩いて病室を出ていくのである.
またmedication free の考えも, 非常にpopular である. 本当に母体や子供に生命の危険がある場合以外は, 滅多なことでは医療処置を 施さない. 少なくとも妊婦には, それを選択する余地がある. 日本での出産は, とにかく早く済まそうという気持の現われかも知れないと思っ てしまう. こっちでは, 産まれるまでは本当に長い時間をかける.
余談であるが, 私は医療処置により, 出産を遅らされた口である. 曰く,
ともかく, Marge (産婆さん)によると, 通常なら24時間以内に陣痛が始まるだ ろうと言うこと. 逆に言うとそれまでは, 何も取り立ててやることはないので, 私は自分の昼食 の準備などをして, 学校に行くことにする. もちろん, 電話があればすぐに戻れるように車で通学である.
ともあれ, 学校で本を読んでいるとあまりに眠いので, とっとと帰ることにし て帰宅したのが午後4時. 妻は居なかった.
出産はDavid の家のbasement でさせて頂くことになっていたので, そっちに 既に移動したのだろうか? いや, しかしそれならそれで連絡の一本, 置き手紙の一通くらいあっても良さ そうなものである.
何て事はない, 散歩であった. 陣痛を促進させるために運動をするのは常套手段らしい. 妻の友人のおかあさんは, 陣痛が来ないので
問題は妻が破水しているということであるが, これも程度問題らしい.
心配に思ってしまう最大の原因は, 我々がこれまで得てきた
ところがMarge に連絡を取ってみると, 平然としたものである. 出血が未だ続いていることを告げても, 慌てて駆け付けるどころか,
と思っているところにDeborah が立ち寄ってくれた. 彼女は陣痛促進に効果があると言われているherb oil を持ってきてくれた. 本当に皆良い人たちばかりなのである. ともあれ, 念のためにDeborah にも症状を説明してみるが,
ええぃ, もういい. 十分解った. これは「普通」のことなんだ. そう思うことにした.
確かにピロシキ(胎児名)の心音は聞こえるし, 動きもある. 元気なようである. 妻もそれにもまして元気なようである. もっとも, 関節や腰がかなり痛むらしいが.
時間は午後9時前. 明日は朝8時半にMarge が来てくれるらしい. 早く寝た方がいいだろう
妻が寝た後で, メイルやニュースの処理をしていると, 何やら寝室の方から気 配が. 様子を見ると, 妻が寝ながら手に何かを持っている. 暫くすると, ベッドサイドのテーブルから手帳を取り上げ, 何かを書いている. 何をしてるのかと聞くと,
初期陣痛は, 不定期な間隔で30秒程度の痛みが発生する. 痛みの原因は, 子宮の収縮である. 子宮の収縮自体は, お腹の張りとして以前から認識されていたが, 所謂陣痛と なると, この痛みは大変なもののようである.
この時点で私にできることは, 呼吸法を教えてあげることらしいが, 寝ている ときは一体いつ陣痛に入ったのか分からない. 起きているときならば, 妻の動きが止まるので分かるのであるが, 寝ていては ずっと止まっているので分からない.
そこで便利なグッズ.
と言うことで, その後は「ピッ」と音がする度に, 妻の背中をさすったり, 腰 を揉んだりと, 半分寝惚けながらやっていた.
さて, 目が覚めると午前8時過ぎ. そろそろMarge がやってくる時間であるので起き出す. しかしやはり少し眠い. だがこんなことで眠いと言っていては, ピロシキが出てきて夜泣きをするよう になったときに困る. 頑張って起き出す.
妻はMarge と電話をしていたが, 電話を切った後
で, Marge 到着. 早速出血のことを話し, 出たものを確認してもらうが
更に説明を受けると, 結局子宮口が開いていく過程で, 周りの毛細血管が傷付 くことがあるので(もちろん個人差があるが), 出血が続くことは有り得るのだ そうだ. 更に血と羊水が混じっているので大量に見えるが, 出血量自体は大したもので はないだろうと言う事であった. ここまで言われると, 安心せざるを得ない. 更に陣痛の記録を見てもらうが, その結果もnormal と言うことだった.
と言うことで, 後は陣痛を促進させる色々な手段を講じるだけである. とりあえず私に出来ることは無いようなので, ひとまず学校へ行くことにする.
午前9時. まだまだこれからである.
一旦学校に行っていたが, まぁ何せこういう事態なので早々に帰ることにする. しかし帰ってみると午前中に一旦頻繁になった陣痛が, やや下火になったよう である.
陣痛を促進させる手段としていろいろ紹介されたものは, 主にハーブやお灸を 用いた方法である. そもそもこういう出産を選んだ動機の一つが, 病院における陣痛促進剤の利用 や, 会陰切開という処置を受けたくないからと言うことであったが, 自然分娩 の場合でも, 陣痛を促進させる手だては色々あるのである.
まずはお灸. 足の内側, 踝と内膝を結んだ線の, 下から三分の一辺りのところに「三陰交」 というツボがある. このツボはむくみや生理痛などに効くツボであるが, 陣痛を促進させる働きも あるらしい. もう一つは, "little toe" と呼ばれる位置で, 足の小指の爪の外側である. ここは, 妊娠中には胎児の動きを促進する働きがあるらしく, 妊娠中期に逆子 と判断されたときにも, 逆子体操と並行してこのツボにお灸をすえていた. で, 胎児の動きを促進することから, 当然陣痛促進にもつながると言うことで ある.
陣痛を促進させる他の手段として, ハーブの利用がある. Deborah がお見舞いに来てくれたときに, 持ってきてくれたようなものである. これを例えば紅茶に数滴垂らして飲めば良いと言うことである.
最終手段とも言えるのが, castor oil(蓖麻子油). Marge によると, こいつを100cc程度使って, スクランブルエッグを作り, そ れを食べると効果的という. castor oil そのものに効果があるのであろうが, それよりもbowel movement を促進させるので, 陣痛も促進されるというのである. で, bowel movement って何? というと,
というわけで, お灸をすえて, ハーブオイル入りのお茶を飲み, castor oil 入りのスクランブルエッグを食べて, とにかく陣痛を待つ.
今日もDeborah が訪ねてきてくれて, 晩ご飯を食べに来ないかと誘ってくれた. 陣痛促進のためには, 多少の運動が必要であると言うことと, 陣痛の痛みを和 らげるためには, 気を紛らせるのが良いという事もあって誘ってくれたらしい. 喜んでお誘いを受ける.
Deborah はだんなさんのDwight と, 息子さんのIlai の三人で暮している. 元々は我々の出産学級の先生であり, すぐそばに住んでいることもあり, 今回 妻の出産に当ってdoula を引き受けてくれたのである. doula と言うのは, Readers 等にも載っていないような言葉なのだが, 私は人 には
食事では, 私とDwight がPalm の話で盛り上がったり, Deborah の職歴などを 聞いたりして時間を過ごした. そこでDeborah が本を書いている人だと言うことがわかり, 折角なので気を紛 らせる一助になれば, と思って著書を何冊か借りて帰ることにする.
家に戻ると, Marge が訪ねてきてくれた. 色々な施策の効果で, 徐々に陣痛が強く, 頻繁になってきてはいるが, 残念な がら破水しているようなので, 子宮口の開き具合いを確認することができない. 破水の位置によるのだが, 感染症の恐れがあるためである. 結局, 陣痛が我慢できないくらいひどくなったら改めて連絡するという事で, この日の診察は終了.
午後9時. 12時間でこの進展具合いは, さすがにもどかしいものがある.
Marge が帰って間もなく, 妻の陣痛がひどくなりはじめた. 深い呼吸をしないと, 陣痛の痛みに耐えられなくなっている. それまでの陣痛は, どちらかというと受動的に耐えていれば何とかなった方で ある. 妻を横で見ていると, 陣痛が始まるとじっと動きが止まるので分かったのであ る. しかしながら今の陣痛は, いわゆる
それでも陣痛と陣痛の間に間隔があれば, そのあいだに寝て体力を蓄えること もできるのだが, 段々と間隔も短くなり, それさえもできなくなっている. 布団に寝ながら, 妻が横で呼吸法をはじめると, 背中をさすったり腰を押した りするのだが, それでしのぐのも限界が来たようである.
「Deborah に電話して」と妻が言ったのが2日の午前2時. 30分後にはDeborah が来てくれた. がしかし, 私はというとDeborah が来てくれたのを夢うつつで認識しながら, 深い眠りに落ちてしまった.
目が覚めたのが午前6時前. この3時間の睡眠は非常に貴重だった. そのころには妻の陣痛もかなり極まってきており, いよいよMarge に連絡をとっ て, David の家に移動することにする.
私が一旦先に行って, 暖房の準備や非常食の持ち込みなどを済ませる. また, Deborah はlabor tub と呼ばれる, 簡易式風呂桶のレンタル業者に連絡 をとって, 配送をお願いしてくれた. 私が戻って, 三人でDavid の家へと移動する. たった2ブロックであるが, 今までにないくらい長く感じた. 妻にとってはそれどころでは無かったろう. 何度も道中で止まり, Deborah に, 私にしがみつきながら陣痛に耐えている.
到着すると, Cathy が顔を出してくれ, 暫くするとMarge とアシスタントの Sue が来てくれた. またlabor tub の業者も到着し, セットアップを開始する.
午前7時. いよいよ山場.
ともかく, この状況ではいかんとのもしがたいので, まだ暫く待たなくてはな らない. 痛みを和らげるためにlabor tub につかりながら, ひたすら陣痛をクリアして 行く. あるいは気分転換にと, 庭を歩き回ったりする. 陣痛の痛みがひどくなっていくに従い, 妻の私に対する態度も酷くなっていく. 命令する, 怒る, 喚く, etc. 「妻は今大変なんだ」ということを常に言い聞かせないと, こっちが怒ってし まいそうな位である. そのくせ面白いのは, 私に話すときは日本語で, 他の皆に話すときは英語でちゃ んと喋るのである. しかもDeborah をして, こんな妊婦は初めてだと言わしめたのは,
しかし時間がかかる. こんなにかかるものなのか. 妻が耐えきれない様子で, 何度も「あとどれくらいかかるの」と(もちろん英 語で)聞くのだが, 当然誰も答えられるわけがない. そのかわりと言っちゃ何だが, やっぱり出た
しかしいくらなんでも時間がかかる. 前回のチェックから, ある程度時間が経ったので, 再び子宮口の開き具合いを チェックしたのだが, 7〜8cm 位だという. ほとんど進んでいない. で, その理由らしきものが分かった. 普通は胎児の頭が, 直接(もちろん, 破水前は羊膜越しに)子宮口を刺激するの だが, 妻の場合は胎児の頭の下に羊水だまりが出来ていて, それが子宮口を押 している形になって, 刺激が緩和されているらしい.
取り得る方策は二つ. このまま待つか, 人工的に破水させるか. 妻に聞くのだが, この時点で妻にとって重要なのは, もうとにかく
午後1時. ということで人工破水に決定. しかしこれが, 実は大変なことであった.
そう, 人工破水から1時間経過したものの, ほとんど進展が見られない. それより何より, 人工破水が齎したのは, 今までにない強烈な陣痛であった. もはや
午後3時半. それでも変化が訪れる. 所謂「いきみ」の衝動である.
それまでは'contraction' という, 子宮の収縮による痛みが陣痛の主要素であっ たのだが, それに加えて'pushing' という感覚が陣痛に伴うようになってくる. 'pushing’をどう表現すると一番適切かというのは, 人によって様々らしいが, Marge に由ると, 多くの場合は便意に似るらしい. この為にその衝動に乗ることを躊躇うような人も少なくないという.
'pushing' にそのまま乗ってはいけない理由というのも存在する. それはすなわち, 子宮口が完全に開かないうちにいきんでしまうと, 子宮口が 裂けてしまう恐れがあるからである. 日本の産院などでは, 子宮口が開ききってから
もとい, Marge の説明によると, 子宮口の組織自体は, この時点では十分に柔 軟になっているので, いきむことによって残っている部分がちゃんと伸びるか ら大丈夫と言うことであった. ということでいよいよ佳境にはいる. がしかし, やはり難しいらしい. 遅々として進まない. 妻の方には, やはり裂けるのはいやだという意識があるらしく, 完全にはいき みきれない. しかし痛みの方もどんどんと激しさを増してくる. 陣痛の間隔は既に無いも同然である.
午後4時. 最新の触診で, ピロシキの頭が産道に下りてきていることが確認された. そして
12月2日午後4時20分. 私は改めて父親になった.
David の家の地下室は, 手術室になっていた. 妻の産道が裂けたらしい. 最後の最後で, 少し無理をしたのがたたったらしく, 出血があるようである. Sue が縫合処置をしてくれ, ようやっと全てが終了した.
裂けた理由はもう一つありそうである. 子供のサイズを測定した結果, 体重は何と8.2lbs. 3.7kg の超巨大児である. そして何よりも頭の大きさ. 外周が14". 35cm である. まぁいくら米国の妊婦指導に従ったとは言え, お腹の中で育てすぎた妻の自業 自得とも言えなくもない. まぁしかし, そんなことを考慮して遠慮するのは, 妻らしくないと言えばそう であろう.
胎盤も大きかった. 私は知らなかったのだが, 胎盤を土に埋めるという習慣があるらしい. David の家の庭には, Emma とAkiva の胎盤が埋まっている. David の申し出を受けて, 私たちの子供の胎盤も, David の家の庭に埋めても らうことにした.
全てが済んで, 皆で晩ご飯を食べた. ついさっきまで修羅場のようであったこの地下室で, 出産に立ち会った全ての人, 妻, 私, doula のDeborah, Midwife のMarge とSue, Cathy, David, Emma, Isabel, Akiva, そして我が子が一緒に 談笑しながら食事をする風景は, ちょっと不思議な光景だった. でも幸せだった.
食事を食べて落ち着いた後は, 自然と皆と抱き合った. 当たり前のことだが, 本当に自然に皆に感謝できた.
Deborah はこの出産を通じて, 全ての意味において妻がもっとも信頼を置いて いた人物だろう. 彼女が居なかったら, 妻はここまで落ち着いて出産に望めていなかったと思う. 当然私もそんな彼女をとても信頼していた. 彼女には, どんなに感謝しても感謝し切れない.
出産を引き受けてくれたMarge, Sue, そして当日は縁がなかったがこれまで何 度も診察でお世話になったSuzy, Karren, Mellissa らmidwife 達が居なけれ ば, もちろんこうしていられなかったであろう. 早いうちに彼女たちの事務所に挨拶に行きたいと思っている.
David, Cathy, Emma, Akiva, そしてIsabel は, もちろん我々の大切な友人で ある. しかし, そんなことでは表現し切れない, もっと強い何かを我々に与え続けて くれる. 今回の出産に関しても, 地下室を使うように勧めてくれたこと, 何かあったら いつでも連絡するようにと言ってくれたこと, Cathy に至っては, ずっと出産 に付き合ってくれたこと等, 本当の肉親のように面倒を見てくれた. 今後も彼らとの関係は続いていくが, 私たちの方からも出来るだけのものを与 えていきたいと, 本当に願っている.
彼らは皆, 出産の第一次当事者である妻に対してはもちろんのこと, 私にも色々 な面で助けを与えてくれた. その彼らから, 'Josh も良くやった' と言ってもらえたことは, 今回の件で私 が得た中で二番目に貴重なものである.
一番貴重なものは, もちろん我が子である. そしてその一番貴重なものを齎してくれた妻にも, 感謝してやまない.
妊娠後に渡米するに当って, 一緒についてきてアメリカで出産することを決意 してくれた妻に, 改めて感謝した. 仮に妻が, 日本に残って子供を産んでいたら, 妻と我が子に対する思いが今の 様であったとは考えられない.
午後10時. 既に皆が帰り, David が布団を持ってきてくれた. 流石に出産後に自宅まで戻るのも大変なので, そのまま地下室に泊めさせても らうことにした. 渡米後初めて過ごした部屋が, 今度は家族三人での初めての夜を過ごす部屋と なった. 三人で, 川の字になって寝た.
12月3日午前3時. 子供が泣き出した.
Fine